ソヴィエトのパンケーキ Industar 50-2

どんな政治的自由があっても、それだけでは飢えたる大衆を満足させない。
―― V.I.レーニン

かつて、ソヴィエト連邦という国がありました。
共産主義を標榜し、資本主義の大国・アメリカ合衆国と鋭く対立した軍事国家。
そんなソ連が民生用のカメラを作っていたということは、写真を趣味とする人にもあまり知られていません。
今回紹介する「Industar 50-2」はそのうちの一つ。ソ連製のレンズです。

政権奪取に成功したソ連共産党は、工業の発達によってこそ国家を豊かに出来ると考え、ひとまず急速な工業化によって国力の拡充を図ろうとしました。
カメラの生産もその一環として始まったのでしょう。戦前には既にドイツ製カメラ「Leica」のコピー商品が生産されていたようです。
とはいえ、光学機器産業は当時の先端分野。技術のないソ連では充分な性能を持つレンズを作ることなどできるはずがありませんでした。

この状況を一変させたのが、第二次世界大戦での戦勝です。
ソ連の占領地域の中に、ドイツの名門カール・ツァイス社が本拠地を置くイエナ市があったのです。ソ連は“賠償”としてツァイス社の技術者や資料、生産設備を収奪し、遠くロシアの地まで運んでゆきました。
(なおこの直前、ツァイス社の高度な工学技術がソ連の手に渡ることを恐れたアメリカが、軍を投入し多くの技術者を半強制的に西側(アメリカ占領地域)へと移住させたとされています。ツァイス社の技術がいかに進んだものであったのかを物語るエピソードです)

ドイツ製の設備を使い、ドイツ人の技術者が、ドイツ企業の製品を作る。これがソ連の光学機器産業のはじまりでした。
やがて技術者たちは帰国を許されますが、ツァイス製品の「コピー商品」の生産はそれからも続きました。

さて、これが Industar 50-2 です。やはりツァイス社のレンズ「テッサー」と同じレンズ構成になっています。
「Industar」という、如何にも「工業!」といった感じのネーミングからはソ連の工業化にかける意気込みが伝わってきますね。
いつのまにやら増えてゆき、気付いたときには三本目......

えらくコンパクトな外観がかわいらしいです。こうした鏡胴の短いカメラレンズは、パンケーキのように薄いレンズということで“パンケーキレンズ”と呼ばれているようです。
ソヴィエトのパンケーキ。こう、物々しい単語と気の抜けた単語が並ぶとなんだか可笑しく感じますね。

見た目こそちゃちですが、写りはなかなかバカに出来ないものです。逆光に弱いのが玉に瑕(きず)ですが、まあ何十年も前のものなので仕方ありませんね。

是非フードをつけて使いたいレンズです。このレンズに合うフードは市販品でも入手できますが、黒色のフィルムケースなどを現物合わせで加工して使うのもおすすめです。
(上:フード未使用 下:フード使用)

かなりの数が供給されたようで、中古価格は比較的安価です。見た目の面白いレンズであるだけでなく、普通に「使える」レンズでもあるので、あやしいソヴィエトカメラの世界をちょっとだけ覗いてみたい方にもぴったりです。

※ 筆者はべつに赤い思想の持ち主というわけではありません。ただの趣味人です。念のため。

KMZ Industar 50-2 3.5/50 + NEX5(4枚目以降)